宮乃

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zoom RSS 潤いのない生活にならない「質素な生活」

<<   作成日時 : 2005/11/24 01:02   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 3

日経bpにて、環境の為に(=自分が健康に生きていく為に必要な環境を維持する為に)
”環境対応製品が次々に出てくるが、「今使っているものを大切に使用する」
 「質素な生活に切り替える」などの基本が全く崩れているのではないか?”という問題提起があったので考えてみたいと思います。

自分も含めて、物を大切にするという事が疎かになっているのは否めない。
言い訳に使う理由は「カネ」である。

例)100円ショップでカゴ(プラスチック製)を買ったけど、サイズがいまいち合わない。
  →どうせ100円だし、捨てても良いか。

「安いから、捨てても良いんだ、正しいんだ」
という理由付け(言い訳)は、
一見ビジネスの場では筋が通っているように聞こえる。

我々はそれに甘えすぎ、自らの精神を貧しくしてしまった。

例えば、会社でもよくあることであるが、もったいないからと倉庫で眠っていたものを在庫に戻そうとすると、信頼性品質検査から始まり、工程を通るだけでコストがかかるため
「捨てた方が安い、ムダじゃないんだ」
という結論になる。

しかし、本当にそうだろうか?
生き物としての自分の感性に問いかけると、それは絶対に正しくない。

単に「オカネ」という切り口で、正しいだけなのだ。

「安いから、捨てても良いんだ、正しいんだ」
という理由付け(言い訳)が、ビジネスライクで筋が通っていてかっこいいかのように聞こえる時代は、まもなく終わるだろう。

なぜなら、このような価値観が、肉体的にも精神的にも、我々から豊かさを奪い、殺伐とさせたことに、なぜこんなに物が豊かになっても「ゆとり」や精神的な豊かさがないのか、その原因に気付き始めている人が少なくないからだ。
フェアトレード製品しか買わない人の話も、ちょくちょく聞くようになってきたのはその一端といえるだろう。

また、ザ・ボディショップ創始者のアニータ・ロディックさんは、製品を買う時に、買っていいものといけないものの明確な基準があり、多国籍企業が使うスエットショップと呼ばれる劣悪な環境下で作られた製品は一切買わない。人権を脅かして出来た製品だから。
水も買わない。水は私企業が囲い込んで良いものではなく万人に開かれた公共財だから。
逆に、途上国の地域の自立を促す企業の製品を買う。貧困とは経済的貧しさだけではなく、貧困から抜け出す手段がない環境に対する想像力の貧しさ、思いやることの出来ない精神的貧しさがある(以上朝日新聞11/19be)。

これからは、このように、単にお金を稼ぐだけの経営者ではなく、オカネという夢を現実に出来る力を持った人の義務として、命を元に物事を考え、皆が豊かな(精神的に)生活を送れる世界を実現できる能力を持つ経営者が、魅力と持つようになるだろう。

スピード社会である事を”言い訳”にして
(そう、言い訳でしかない)
地球上で、どのように生物達が共存しているのか、そんな自然な感覚にすらフタをして、見ないように、触れないようにしているのが今である。

楽天もライブドアも、愛がない。人間が生きる力強さへの畏敬がない。
どんな世界を創りたいのか、温かみの伝わる夢がない。あっても伝わってこない。
アニータ・ロディックさんが非常に明確なのは、「命でものを考える女」だからこその特性かも知れない。

女は、命でものを考えるので、今の社会の力関係とかそういったものは、取り払ってものを考え、行動することが出来る。それは「産む性」であるがゆえの強さだと思う。いや、生まれ持った使命なのかも知れない。

男は、社会の中での自分の位置づけや力関係にがんじがらめになり、本来どうあるべきか?には頭が回らない。雪印乳業の事件が良い例である。彼らは人の命よりも社内の秩序(しかもかなり一般的な感性とズレている)の維持の方で頭がいっぱいになる。
女がそういうケースが全くないとは言わないが・・・傾向として多いにある事は否めまい。

さて、日経bp内の記事にある、問題提起。
ムダを省いて質素な生活、とはどんなものか?であるが挙げられた例に答えてみよう。

「着れるコートがあるのに、新しいものを買ってしまう」
「必要な食器はひとそろえあるけれど、ついきれいな食器を見ると買ってしまう」
→これは文化的生活の部分で「潤い」の部分だから、捨てたくないな。
楽しんで服は着るものだし、色や形など、自分を演出したり、お皿もおもてなしの場を演出するセンスを磨く場なので、ここは削るべきではない。精神的な豊さを磨く根本になる部分であり、こういう部分を大切に出来る人は、世界のどこかで飢えている人たちへの思いやりを持ち、具体的に支援したり行動することが出来る人が多い。

とはいっても、やたらに買うのではなく、本当に心底欲しいもの、ピンと来た物だけを買うように、感性を鋭くしておき、なるべく少ない服や持ち物で生活が回るように出来る感性は磨き続けて行きたい。
本当に気に入ったものは、値段が高くても即決で買うし、そういうものに限って10年経っても全く流行りに惑わされない存在感があり、関係なく着れる上等な品であるからだ。
時空を越える品、を選べる感性を磨きたい。

一方
「 野菜を買っても、食べきれずに結局捨ててしまう」
→論外ですね。親は息子にも娘にも、食材の使い切り方(大根の皮までも使いこなす)を伝えるべきでしょうし、親が出来ないのなら子供が自ら勉強して身につける最低限のスキルでしょう。
現実には厳しいかもしれないが、地球上で限られた命が生き残っていく為には最低限必要なスキルとなっていくでしょう。

「ついつくりすぎて食べ残す自炊と、スーパーで少量の総菜を買うのとどっちがいいのかな?」
→論外。作り過ぎない方法を一刻も早く学べばいいことです。
 「出来ない」という選択肢を作るからいつまでも楽なほう逃げるだけのこと。それが人間。楽したいですもん(笑)。

我が家での工夫は、子供達に少しアレルギーがある事もあり、掃除のための洗剤は一切買わない。マ○ペットとか、クイッ○ルワイパーのウェットタイプにしみこんだ洗剤が、良くないので、全てセスキ炭酸ソーダ(アルカリ)を水に溶いてスプレーして拭きとる。
(といいつつ実はクイッ○ルワイパーのウェットタイプは少し買ってある。子持ちの共働きは忙しい)

脂や手垢は、安全に(もちろん手荒れはありますが)、マ○ックリンのように明らかに体に悪いものばかりを使った成分よりも、ずっと良く落ちる。
脂汚れには特にお勧め!
スプレーしたとたんに、ドロドロ溶けて行くのは圧巻です。

水垢系はクエン酸でよく落ちます。自然界にある物質をなるべく使えば、安全だし、トイレ用、床用、と用途を分けて売られている洗剤は全ていらなくなります。あれは、企業の売り方に巻き込まれているだけで、本当は不要なものが沢山ある。与えられる事に慣れすぎて、いるものといらないものを、命という切り口から判断する感性を、磨けなくなっては精神まで貧しくなる。

というのが結論かな。自分が整理出来るきっかけを頂いたことに感謝いたします。
自戒を込めて・・・(−−;

↓「質素な生活ってどんなだろう?」
http://nikkeibp.jp/style/eco/eco_society/051118_sisso/

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
はじめまして。
日経BPからリンクを辿って飛んできました。

質素か否かがお金を基準としているという点を始め、共感できるところがありました。
まさしくその通りですよね。
『安い=ムダじゃない』
では、心がありませんし、まして、環境度外視な感じで嫌ですね。

> 文化的生活の部分で「潤い」の部分
なんて当りは、女性ならでは、って感じでしょうか。
私は身支度に執着心がないので、勉強になりました。

アルカリスプレー、なるほど、今度試してみます。

他の記事も興味ある内容が多そうでしたので、これからもお邪魔致します。


http://ameblo.jp/crushman/entry-10006640518.html
くらっしゅまん
2005/11/30 22:28
はじめまして。
日経BPからリンクを辿って飛んできました。

質素か否かがお金を基準としているという点を始め、共感できるところがありました。
まさしくその通りですよね。
『安い=ムダじゃない』
では、心がありませんし、まして、環境度外視な感じで嫌ですね。

> 文化的生活の部分で「潤い」の部分
なんて当りは、女性ならでは、って感じでしょうか。
私は身支度に執着心がないので、勉強になりました。

アルカリスプレー、なるほど、今度試してみます。

他の記事も興味ある内容が多そうでしたので、これからもお邪魔致します。

http://ameblo.jp/crushman/entry-10006640518.html
くらっしゅまん
2005/12/01 10:06
くらっしゅまんさん、ご来訪ありがとうございます。
身支度に執着心がないのは男性で多いですね。執着心がないのなら素晴らしい境地ですが、何も考えていないだけの人も多いですね。
どう違うかというと「自分がどう生きたいか?」を追求すると、こだわりどころが現れるので、本当に服は相手に失礼のない程度で良い、と考える人は流行等は追わないまでも、こだわりが分かり好感が持てます。
何も考えてない人は生き方にもだらしないので相手に好感は与えられません。不快感を与える場合もあるかも。
質素の基準は、地球の生き物の原則である「自分が生きるために必要な分以上は、他の生き物から奪わない」という所で良いと思います。
私の場合は「食べて排泄して命が維持できる」ラインが「生きる」ではありません。最大限輝いて生きるのに必要な最低限。とラインを引いております。よって文化的な生活や楽しみの部分も入っているので、ファーのついたコートやマフラーも買いますし、動物愛護団体から言われそうですが、自分の中のポリシーからは外れないようにしています。それを生涯修正し続けるのかな。
宮乃@Studio M works
2005/12/01 23:37

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