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「お金をたくさん稼ぎたい! お金がたくさん欲しい!」 なぜ? 「お金があれば色んな事が出来るから!」 本当に出来る? 「そりゃ、そうだよ、金が沢山あれば心も動かせるんだ」 確かに、そういう面もある。 しかし、ヒトの心とは不思議なもので、本心から望まなかった事をお金で動かしても必ずいつか崩れる。人道から外れた事がかなうのは、ほんの一時。 化けの皮がはがれる、とか言い言葉が日本には沢山あるけれど(ちょっと意味が違うけど) 悪党がいくら跋扈しても、人間の人生など「うたかた(泡沫)のごとし」 生命である以上、いつか死ぬ 死ぬことが生命として自然な姿であり 死んだあとは、穏やかな景色がそこにあるだけ 悪党が自己主張をし、地を荒らし、庶民を苦しめたのも、うたかたの夢の如し 死は、やさしく奪う(「死はやさしく奪ふ」この本も今は古典となるのか?) 一時の心なら、金で動かせるのは事実かと思うだろう。 いや、やはり違う、動かしているのは心ではない。 動かしたい人間の「欲望」を刺激して、動かしたい人間の「行動をコントロール」しているだけだ。だから他の条件が、動かしたかった人間に降りかかり、その人がイイナなんて思ったらコロッと寝返ってしまうのだ。 金は人と人を繋ぐものではなく、欲望と欲望を結ぶものであることを、しっかりと体に叩き込もう。 ところで、お金を沢山持っていたら出来る「色んな事」って何だろう? 良くきくところでざっとこんなものだろうか? 1.大きな家に住む 2.高級車に乗る 3.おいしいものを食べたい 4.女と付き合いたい などなど しかし、いくらいい家を手に入れても、人を愛することを知らなければ、空っぽの家に住むことになる。私にはいくら高級車に乗ったりおいしいものを毎日食べても(粗食がお肌にも体調にも良いのであまり興味もないが)、誰かとぶつかりながらもワタワタ生活していく家族という中身がなければ、何を手に入れても淋しいと思う。 私は、相当な淋しがりやだと思う。なんだかんだ子供の世話でばたばたしても、毎日少しずつ成長していくこの素晴らしい者たちがいない生活など考えられない。 といいつつ、成長に応じて手放していくための心の強さは年々身につけていかなければならない。子供を愛するなら支配してはならない。ま、どうなるか分からないけど、子供は神様からの預かり物ですから、一人で歩いていけるようになるまでサポートし続けるのが親の役目と思っています。 ああ、あとさりげなく色々と支えてくれるだんな様も・・・(笑) 決して王子様じゃないんだけど、王子様じゃないところにホンモノがいたのかなと気付くのは結婚何年たってからだろうか。お互いにケンカしながら意見をぶつけ合い、磨きあってきた結果だ。何度も別れるかと思ったが今思えばこのぶつかり合いこそが愛である。 話を戻して、逮捕される前の堀江社長が 「なぜ六本木ヒルズに住むか?この夜景を目の前にしたら自分が世界を支配した気になれる、サイコーじゃないですか」 と言った、という記事を読んだとき お金がいっぱいあっても、夜景を手にしてもなお、本当に欲しかったものが何かが分からずに、自分の精神の中を彷徨っているのだなぁと、気の毒に思ったのを覚えている。 彼自身、自分が欲しいものを分かっていなかったらから、最後は金に支配された。 金を得て、自分の本当に欲する無意識レベルの欲求を、上記の1〜4のような代替手段で満たす事が出来るようになったために、幸せになったと錯覚しているだけなのであるが、代替手段ではなく、無意識レベルで自分が何を欲しているかを理解しないまま、表層の欲望に引っ張られてばかりいると、そのうち次のように変化する。 変化前:「金を得て夢を叶えたいから金を手に入れたがる」 変化後:「金を手に入れないと不安だから金を手に入れたがる」 お金を何のために欲しているのかを知らないままに金を求める者を「金の亡者*」という。 (*金銭や権力などに対する執念にとりつかれている者) 「悪党は心が弱い」と同じように、金に支配されないためには、自らの価値観をきちんと育て、持っている事である。 金を自らの人生を輝かせるために使うのではなく、すっかり金に支配されてしまった一人が「ロト6で3億2千万円当てた男の悲劇」だ。 結局の所、お金があろうがなかろうが「やりたいこと」は「やりたいこと」なのだ。 お金があるから「今まで出来なかった事をやってみよう」というのは、まず自分の器に合わない事に手を出し始め、失速への道を走る事だと理解しよう。 それは過去にいくらでも証明した人がいる。 こういう、欲望が火をつけた行動による結果は、まず悲惨なものとなるのが世の常だ。 「人生、お金じゃない」というのは、貧乏人のひがみ、とも表現される。 本当は、人間の特性を深く読み切った名言だと思うのだが、欲望に負けやすい人間は「貧乏人のひがみ」として、ちょっと自分のいるステージとは別の場所に置いておきたいものなのかも知れない。 ロト6で3億2千万円当てた男の悲劇、の男性は、結婚したいといっている。しかし、人間関係はお金を払ってすぐに寝てくれるような女との間に、金で簡単に構築出来るようなものでは勿論なく、その前にまず自分が相手を大切にしたいという気持ちをもてなければ、どんなに愛されても淋しい。 彼の場合、愛を手に入れるつもりでセックスに金を払い、お金という手段で人間関係までもが手に入る、まるで「金が万能」だと思い込んだところに不幸が起きている。金を払って風俗や店の女の子に手を出す(安易に付き合ってはくれるが所詮相手は金を稼ぐ為に付き合うので、プレゼントやお小遣いをある程度搾り取ったらトンズラする) まぁセックスをついつい最上級の愛と解釈したくなるのも分からなくはない。 なぜなら、人間も動物だから、性=生に直結しているからである。 しかし人間は性だけが生という単純な生き物でもなく、文化的生活も大きいはずなので、性=生ばかりを追っていると、愛が遠のいたりするわけで。 その辺で、目先のセックスと、長い目で見たゆるやかで暖かい愛と、どちらが自分の為に大切なのかを考えれば答えは出るだろう。 しかし、この男の不幸は、親の育て方である程度は回避できたかもしれないと思う。 人の幸せはどこにあるのか? お金がいくらあっても、満たされた笑顔で笑えない不幸こそ、痛ましいこと お金で性や愛を手に入れたつもりな所で、所詮は快楽に過ぎず、終わったら殺伐とした場が残るだけだということ。 それを知っているからこそ、次々同じことを繰り返しがちな人間の心理 お金があろうがなかろうが、やりたい事はなに? お金があろうがなかろうが、欲しいものはなに? 答えはシンプルだ。 元気で、笑っていられるゆとりを持っている事。 精神的にも金額的にも。 笑っていられなくなったら、お金を持ちすぎだと思う。 お金がどれだけあれば満足かは、人それぞれ違う。 自分にとってのラインを知っている人が幸せな人だ。 莫大な資産を持っていても、自分だけのためではなく事業を社会貢献に出来るタイプの人は、扱えるお金の量が多いだろうし、自分の「分(ぶ)」というものを知る事が、幸せへの近道と思う。所詮自らの器から外れたことをしても、誰も幸せにはならないように、この世界は出来ている。 また、誰かを、かわいいと思ったり、愛しいと思ったり、出来ること。 好きだと思った友人にその気持ちを表現するのに必要な分の財力がある事。 そんなに沢山はいらない。 ちょっと立ち寄った所で、ちょっとしたものを買って帰れる程度 時々、ご飯をごちそうしたり、されたり、出かけたり出来る程度 つまり、心が誰かに繋がっていること。 誰かと気持ちの交換が出来る環境にいること。 そういう生活を送るのに、月給いくらくらいあればいいかな? と、考えるのです。 また、たくさん稼いでも誰かの笑顔のために使い道を考えられるかどうかを、考えるのです。 自分だけのために使いたくなって、金に執着してしまいそうなら、持たないことで自分をコントロールすることも出来ます。 安易な出会いに頼らずに、本当の人間関係が出来るまで地道に頑張れるかが鍵ではないかと、幸せを祈ります。 本気で望めば、今まで相手にもしなかったような素朴な人の中に、宇宙のように広く暖かい愛情があるのに気付けるのではないでしょうか。 本当に、人生金じゃないと思う瞬間です。 ○ロト長者、株と女…39歳会社員が見た天国と地獄 200万の買い物後ドロン… http://www.zakzak.co.jp/top/2006_08/t2006080824.html ロト6で3億2千万円当てた男の悲劇
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ここも併せて読むと、一層面白いですよ。 |
wasbi 2006/09/01 22:51 |
いろんなこと知ってらっしゃいますね〜。微妙な突っ込みどころ、厳しく突いていて好感が持てました。あとでまたじっくり読ませて頂きます。ご紹介ありがとうございます(^^) |
宮乃 2006/09/02 00:59 |
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