宮乃

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help リーダーに追加 RSS 自分を「不幸」とか「ブス」とか思っている人の共通点

<<   作成日時 : 2008/05/31 15:56   >>

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人をうらやんだり、嫉妬したりする気持ちは、ついついコントロールしていても出てきてしまうもの。
人間だもの、やっぱり自分のしていること(いや、していない努力)の事は棚に上げて、どうしてあの人ばかり!!と思ってしまうことは、ままある。

が、そんな気持ちを持っている事が不幸な状態なのであり、この気持ちを手放す事が幸せという心の状態であるから、その気持ちを最小限にすることが、幸せの秘訣ではないかと思う。

どうするか?


自分の事を、あまり運に恵まれていない、友達がいない、外見が良くない、人脈が貧しい、お金がない、etc.と思っている人
(そう、思っているだけで現実はそうではなかったりするものだ)は、不思議と「自分が持っていないものを持っている人」は、「たまたま運が良くて持っている」のだと思っているきらいがある。

だいたい何でも持っていそうに見える人は、それらを手に入れるのに必要な事をやっているのだが、「自分だけが不幸などと思っている人たち」は、欲しいものを手に入れている人たちは、運が良かったり生まれに恵まれているだけで、自分は恵まれなかっただけなのだ。と自らの努力不足や、手に入れるために必要な精神を鍛える事への無知、見ようとしない向上心の欠如等には注意を払う事がない。

ゆえに、自分だけが不幸、なのは「運が悪いから」であり「恵まれていないから」であり「私のせいではないのだ」

というのが、「自称”不幸”」な人たちに(ほぼ)共通の

「自分の不努力を正当化する技術」

なのである。


何でも持っていそうに見える人は、それらを手に入れるのに必要な事をやっているのだが、たとえば、運がいいように思える人なら、運を身につけるために必要と思われる事を片っ端から取り入れている。生活習慣だったり風水だったり、気持ちの持ち方(明るい人には運が来る)だったり、きっと自分は運が悪いと思いこんでいる人には、それが果たして本当に効果があるのか?と疑って行動出来ないまま、うつうつとじめ〜っと、「運が悪い自分のまま」で生き続けてしまうであろうような、些細な事かもしれないが、少なくとも運を身につけたいと思っている人は、本気でそれを望んでいる人は、思い当たる事はすべてやっている。
その小さな小さな積み重ねが1年、5年、10年、という時を経て、何もしなかった人と大きな差を生むのだ。

でも、運が良かったり、恵まれているように見える人は、たいてい楽しんでやっているから、努力とか苦労とかという形では伝わらない、だから「自分を不幸だと思っている人」や「自分をブスだと思いこんでいる人」、しかもそれは「単に自分だけが運が悪いとか思いこんでいる人」には、色々なものを手に入れている人がどれだけの事をしているのかには、思いもよらない、ゆえに、自分がなぜ不幸だと思ったままの人生を続けるのかに、非常に気付きにくい、という構造になっている。

木村藤子さんの「気づき」の幸せじゃないけど、気付かない人には気付いている人の結果がなぜなのかが分からない。

自分が気付けないことに気付く事が、難しいけれども劇的に自分を変える事が出来る幸せへの道だと思う。

さて、自分を不幸とかブスとか思いこんでいる人はなぜ人が遠ざかるのか?

その前に、私自身は、世の中にブスな人っていないと思っているのです。みんなそれぞれ特徴があって、それを生かしたメイクをしたり、アピールをすれば、誰にもまねの出来ない魅力がでる
なのに・・・今はやりの女優と顔立ちが違うからって、自分を「ブス」などという。

ものすごくもったいなくてならないのです。

どうして?そんなにかわいいのに、そんなに魅力的なのに??

と思っても、自分をブスと思いこんでしまった人には届かない。そのことが時々ひどく残念に思います。
その思いこみによって整形などされてしまい、さらにその結果、親と似ない顔などに受け入れがたさを感じていたりすると、なおさらです。


さて、そんなところで自分を不幸とかブスとか思いこんでいる人たちに話を戻そう。
これらの人たちは自分に振りまわされていて、自分のことで精一杯で、他人を思いやる余裕を持っていない人であることが多い。いつも「自分のことしか考えていない」状態になってしまっているのである。

自分のことを考えてくれない人のそばに人は来ないし、自分をブスだと決め込んで何もしない人(スキンケアさえしていない人もいるくらいだ、しかもそれを、自分は肌が弱いからトラブルが多いなどと巧妙な「自分への言い訳」だけは豊富に持っているのが通例だ)は美しくはない。

美しくないだけならともかく、自分だけが不幸で大変だと思いこんでいるものだから、周りにすごくダークな空気を醸し出す。
人によってはそれがひどくムカツクのだろう。「ブース」とかいきなり叫んで去っていく輩すらいる。
そうなると、あぁ私はやっぱりブスなんだ・・・とさらに暗くなってしまい、自分をブスだと信じる事実を一つ手に入れる事になり、ブスでいる条件を毎日実行し続けているような状態に陥ってしまう。
見る人から見れば、こんなに顔立ちもかわいらしくて何が不満か?と思うようにひどい顔をしていたりする。
生まれ持ったものはとてもかわいくても、きれいでも、関係なく、だ。

また、相手の事を考えているつもりでも、自分の事で精一杯な人は「お願い、私のことを変な人だと思わないで、私はこんなにあなたの事を考えているの・・・」とか悲壮な「自己欲」に囚われているのが透けて見えるから、「あなた本当は私のことを考えてくれてないでしょ」と見抜かれてしまい、人が遠ざかっていく。


それでは美しい人とはどんな人か?

美しい人に会うと、そばにいるだけで希望という輝きを見つける事が出来る。
たとえ同じように女優のような美人であっても、美しい人と美しくない人がいて、前者は人を幸せにする空気を背負っている。
後者は、自分が優越感に浸る事だけが大切な人だったり、自分をブスだと思いこんでいる人とほとんど同じである。

美しい人とは、自分だけが目立とうとする「美人」のような美ではなく、真のうつくしさ「人を幸せにする美しさ」であり、それは、相手を思って自分を磨いていく、創っていく作業が人生の中にある。

人のための美というのは楽な道ではない。

人前で化粧をする、食べ物をま電車で食べる、などは、周りにいる人の気持ちを思いやる余裕のない人のすることである。

人によっては、別に周りで食べ物を食べられても、化粧をされても気にしない、という人もいるだろうが、もてなす心でその行動を見たときに、たとえば「ここが高級ホテルだと仮定して居心地のいい状態に人を置いてあげる」くらいの思いやりがあってはじめて、人に希望をもたらす「美」というものは、出てくるように思う。

ここは高級ホテルじゃないし、、、と思う人は、そんな美に触れたり自分が醸し出したりすることに興味すらないのだろうから、それなりの人生が展開されることになる。

どちらが楽しいかは、その人の選択だから、どちらも人生なわけで、誰が判断するものでもない。
どちらが幸せかも、また、分からない。

ただ、せっかく生まれてきたんなら究極まで追究してみたら、楽しいかなと思う。
ま、、、美しさというのは、なかなか難しいもので、せめて周りを幸せにするオーラくらいは出せるかなと思う。

「もうひとりの自分」とうまく付き合う方法~思い通りに自分を動かす4つの法則~(CD付)
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