宮乃

アクセスカウンタ

zoom RSS 子供のしつけとは何か?

<<   作成日時 : 2008/07/25 02:35   >>

面白い ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 2

政府の少子化対策、といえば、すぐに「育児休暇の取得率をあげる」とか、「保育園の待機児童の解消」だとか。。。

育児はまるで乳幼児の頃しかないかのような対応!
子供を育てるとはなんたるかを全く理解していないのがよく分かる。

子育ては人間の場合20年近くあるんだから、保育園だけ拡充しても、小学校に入る時に親代わりにケアしてくれる学童保育をつぶしにかかる行政が多い昨今では、保育園だけの待機児童解消に意味はないと思う。

小学1、2年生のケアって本当に大切だと思うし、女性(もしくは男性)が仕事を続ける上である「小学生の壁」っていうものがある事を無視して「待機児童解消」や「児童手当」をエサに、少子化対策をします!とか訴えている議員には、偽善者のプレートを貼り付けてあげたいところである。

つまり、保育園だと夜まで預かってくれたり少なくとも18:30まで預かってくれるのに(注:ただし、自らの経験から預ける時間は9時間以内にした方が子供の体調・精神状態に良いという事は実感しているから、長く預けられるのを是とした議論には、仕事を続ける面ではやむを得ないとしても、子供を育てるという観点からは賛成出来ない)、小学生になったとたん、学童保育がある地域はいいけれど、学校内に「無料」で提供している、学校開放みたいなものしかない地域だと、とたんに困ることになる。
なぜならこの学校での遊び場提供的なものは、台風だと休むし、市のお休みとか、夏休みも結構長い間お休みだし、働く親にははっきりいって使いものにならないのが実情なのである。しかも、恵まれた会社であっても短時間勤務の切れる頃であり、小学生が家を出るのは8時頃だから、勤務時間に間に合わないなどで、どうにも仕事を続けられなくなる人が一定の割合出てくる、というのが「小学生の壁」である。

うちの住む地域の行政は、学校内で子供を預かる事業を拡充しているというが、天下り先、として保護者には評判は悪いし(だいぶ解消されたようだけど)、とにかく台風だとお休みだとか、ことごとく手前勝手な事情で休むものだから使えない。
保育園を卒園したとたん、こんな落差に苦しむのが今の日本の子育てなわけである。

ここで感じられる感情はこんなところであろうか。
「共働きで低学年の子を預ける場がない?働くのは親の勝手でしょ、どうにかしたら?」


で、ここで本題に入る前に、17日の朝日新聞の「声」欄に、こんな話が載っていたのでざっとお伝えしようと思う。

「青年の一喝で泣く子黙った」という29才の男性と思われる方の投稿である。

要約すると、

3才くらいの男の子が電車で「抱っこして」と騒いでいて、お父さんは「しない」と言ったきり黙って放任(この表現には投稿者の解釈が入っているね)している。その時、そばにいた会社員風の青年が「うるさい、静かにしろ」と言ったら、子供はだまり静かになった。が、終点駅で中年女性が「あなただって子供だったでしょ、あの頃は言っても分からないよ」と青年に言ったそうだ。投稿者は残念な気持ちになり、その子には最低限の言語能力があったから一言で静かになったのに、問題なのは保護者だ。しつけて気遣いをすれば誰も不快には感じない。中年女性も青年を責める資格があったのか。と思ったそうなのである。

その数日後

「泣く幼児には優しくしてね」という36才女性と思われる方の投稿があり

要約すると、

この方は子供が二人いるが、3,4才は難しい時期。言語能力もまだまだ。大きい声にびっくりして静かになったのでは?この頃は泣いたら抱っこして貰える、何でも買って貰える、とならないように親はしつけている。そのために泣かせておく事も必要。中年女性が言ったように優しい気持ちで見守って欲しかった。泣いている子がいたら笑わせて、優しい声をかけて、勇気ある一喝はもっと大事な時に使って。この子はこの世に生まれてまだ3,4年ですよ、という事であった。


・・・さて、どう思われましたか?

勘違いしないで欲しいのは「言っても分からないから、何も注意しなくていい」という事ではない。

なぜこんな例をあげたかというと、ここで何を子供に教えているかを理解出来ない大人の多い、日本の子供を取り巻く環境の貧しさを伝えたかったから。

子供というものを扱えない大人の典型例である。たかが3,4才という、三つ子の魂百まで、の大切な成長過程にある子供が車内で静かに出来ないのは「親が悪い」、と考えている。

そうではない、大切な時期だからこそ、親がすべき役割(ここでは絶対に抱っこしない)、周り(社会)が引き受ける役割、その二つがうまく噛み合って、この3才くらいの子は何かを少しだけ、学ぶ。

この繰り返しで、周りの人にしてもらった態度から、愛情や優しさ、厳しさやマナーを吸収しているのがこの年頃ではないだろうか。

自分がだだをこねたときに優しく、でもしっかりといけないものはいけないと叩き込まれたことは、徐々に大きくなるにつれて健全な葉が芽を出すが、うるさいからと大きな声で「脅し(をしているという意識も本人にはないだろう)」力で押さえつけられただけでは、なぜ静かにしなくてはいけないのかを学ぶことは出来ない。
怖かったから、次も静かにしよう。学べるのはただそれだけである。
これでは感情の幅が少なく、貧しい。

もし私なら、一喝はしないで、この3,4才の子が泣かないで立っていられるように、自立の芽を育てるために、あの手この手で声をかけて、それこそ好きそうなキャラクターの絵を見せたりしながら、何が好き?なんて話しかける所からはじめて、外の景色でも見て(込んでいたかも知れないけど)、そのうち、お父さんが抱っこしなくても目的地に着いちゃう。という経験をさせたいと、思う。私は親じゃないから、ほんの少し甘やかしても、この子は図に乗らない。
こういう時は親は折れたらいけないのだから、子供が泣いてもわめいても親はダメなものはダメだと通した、という事実がしつけにはとても大切な時もあり、親がそれを通せるのなら、私にはわがままを言う事もアリである。

その場にいなかったからどんなニュアンスだったのか、分からないけどね。


で、この話を学童とがどういうつながりがあるの?という所であるが、学童という子供が家庭的な場所で(すべてが恵まれた環境ではないが)育てる場をつぶしにかかり、効率や費用削減、(天下り先の立ち上げ?)を目的に排除しようとするその心が、同じ気持ちに端を発しているのである。

何もかも、親だけの責任に押しつける傾向のある社会であるという事。
子供が騒いだら、そこにいる親が「すべて対処すべき」であり、自分には関係ないという態度。
未来を作っていく、未来に生きていく子供達なのに、まるで他人事な態度。

子供はみんなで少しずつ関わって育てたりしつけたりすること、親以外の人の言葉がとても大切だということ。モチロン、親が精神を安定させられる状況の家庭で育てる事は一番の基本だけれどね。

こんな淋しくて、孤独で、貧しい気持ちで生きている人が多いのなら、秋葉原事件も分からなくはないと思った。

大人同士が、コミュニケーションが出来ないということだからだ。

子供は親だけが育てるんじゃなくて、いろーんな人に少しずつの価値観を貰って、バランスの取れた大人になっていく。

大人になってからも、誰かが孤独感や不安を抱いていても、あいつの問題、としてしまうのだとしたら、むしゃくしゃしたからという気持ちだけで、誰かに八つ当たりする構造も、不思議ではない。

思ったことは口に出して、伝えるところから始めよう。
子供の行動の結果を、親だけのせいにするのはやめよう。子供が生きていく社会の先輩として、あなたも確かに存在しているのだから、その責任を認識し、子供をどう迎えるのが先輩としての態度かを考えてみる、それだけでも違うと思う。


生まれ変わる心―カウンセリングの現場で起こること
筑摩書房
高橋 和巳

ユーザレビュー:
ただ互いを認め合う受 ...
カウンセリングの本質 ...
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 3
面白い 面白い
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
子供は抱っこしてとぐずってみる自由があったと思うし、親はそれに対して「しない」と答える自由があったと思うし、青年には「うるさい」という自由があったと思うのですよ。
それぞれが、「伝えるところから始め」なくてはいけないわけで、そして伝えた後には相手の意志があることを知ることも大事なわけで。
親子が公開躾をしているのを青年が気持ちを殺して黙って見守る「べき」というのも変な話だと思います。
小さくても1人の人間だしね。
ようこ
2008/07/25 11:47
ようこさんコメントありがとうございます。仰る通り、子育てに浸っている時間が長いと、わいてきた感情を「殺して黙って見守る」とかっていう状態が、ひどくジトーっとしてキモちわるいなあと思う事が良くあります。お互い人間なんだから、沸いてきた感情に善悪つけて言わないでいるくせに人一倍心の中では恨んでたりするのがすごく異様。アサーションという言葉がありますが、学校の授業の中でも教えてもいいかも知れませんね。自分に湧いてきた感情は悪い事ではないと認め、相手を否定せず伝える技術、というかね。
宮乃
2008/07/25 23:09

コメントする help

ニックネーム
本 文
子供のしつけとは何か? 宮乃/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる